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Fiddledadのblog

放射能汚染について考察するブログです。

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立憲主義と制御棒 

参院選で自民党が圧勝したことから、憲法の改正が現実味を帯びてきた。

憲法を議論する上で、多くの人が着目しているのは9条を初めとする「平和主義」がどのように、改正されるかであろう。しかし、平和主義以上に重要な日本国憲法の基本原則は「立憲主義」である。

国民主権や平和主義については、ご存知の方が多いと思うが、「立憲主義」については、正確にご存知の方は少ないのではないだろうか。なぜなら、文部科学省は積極的には「立憲主義」を教えようとはしていないからだ。例えば、1947(昭和22)年7月28日に文部省が発行した「あたらしい憲法のはなし」では、「平和主義」、「民主主義」、「主権在民主義」等については明確に記載されているが、「立憲主義」については、項立てして明確には記載されていていない。

なぜか?理由は簡単だ。「立憲主義」は、国家権力を制限して個人の人権を保証する原理だからだ。自らの権力を制限するような主義は、できるだけ国民には知らせないでおきたい、という意思が働いているのであろう。

そもそも、「憲法」は、国民が守るべき法ではなく、国家権力を制限し、国家権力の暴走を防ぐことで、個人の人権を保護するための法である。これは、日本国憲法に限らず、近代の憲法は、この原理に基づいている。つまり、近代憲法は立憲主義を基本原則としている。

もう少し具体的に説明すると、立憲主義とは、原子炉の制御棒のようなものであり、この制御棒(立憲主義)があることによって、国家権力という原子炉が暴走することを防ぐのである。

自民党が改憲案を提示している。この改憲案では、立憲主義を制限する規定が散見される。※
つまり、自民党は、日本国憲法が権力の暴走を防ぐための立憲主義という制御棒を取り払って、自分たちが好き勝手にするための道を開こうとしているのだ。

改憲に賛成の人も、反対の人も、この立憲主義の観点から、もう一度、自民党の改憲案を見直した方がよいだろう。このようなことを書くと、「いまの時代に権力が暴走する訳ないじゃん。そんなのは単なる感情論だよ。」と言う人が必ずいるが、そのような主張こそ「感情論」である。法律の条文を解釈可能な範囲は、論理的には実現可能な範囲であるから、条文の解釈によって権力の暴走の抜け道があり得るとすれば、それは日本の未来のひとつになり得るのだ。

※立憲主義は、(1)国民の権利自由の保障と、(2)国民の権利・自由をを保証するための国家組織の基本としての権力分立制である。自民党の改憲案では、国民の権利・自由を制限するとともに、総理大臣や官僚の権力を強化する方向に条文が書き換えられている。
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